砕けろチョコレート
 もうすぐ卒業だ、という空気を残した教室。明日からは学校に来なくても良いのだと、私達は知っていた。



 二月に入ろうという季節。今年はバレンタインを皆で過ごすこともないのだと気付いた私は、昨年あいつにチョコレートを渡さなかったことを、約一年経った今頃になって後悔した。あれが最後のバレンタインだったのか。それならば、恥ずかしいなんて言っていないで渡しておけばよかった。
 用意していたチョコレート。溶かして固めてココアをまぶした、口に含めば柔らかく解ける、我ながら良い出来のものだ。
 それなのに、私は寸前になって踏みとどまってしまった。
 一度考え直したら悪い考えばかりが浮かぶ。これを渡せば、いくら鈍くても私の気持ちに気付くだろう。そうなれば今の淡い友人関係すらなくなってしまうのではないだろうか。とても気持ちのいい奴なのに。私にとっては癒しにすら近いほど。それなのに今の距離すら潰してしまうのは……。あの時の私はそう考えた。

(何であの時冷静になったかな……)

 自分の妙に冷めている、瞬時に冷静になるこの性格は、もう一生変わらないだろうと思っている。時には役立つこれも、恋においては厄介だ。冷静になってはいけないときが、恋愛というものには多々ある。初めから望みはないと思っているのも、私の頭を冷やす一つの要素だったのだろう。
 私はこと恋愛に対して、ずいぶん慎重で、尚且つ妙に悲観的だった。赤面しながら友人に話しても、当の本人に気付かれない自信は常にあって。そんな私にとって本人に悟られるということは大事件だった。友人としてでも良いから長く付き合っていたいと、心底思う。それでいてあいつの横に他の女の子がいるのを思うと、酷く情けない気持ちになるのだ。

「好きです。……なんて、ね」

 言ってしまえるはずもないのに、言いたい衝動に駆られることがある。そして一人、興奮と冷静を体験するのだ。
 あいつの傍は落ち着ける。話せば穏やかになれる。けれどどうしても好きだと思う。堪えられないほどの大きな感情を自分が持っていたのだと自覚する。それでいて脳裏に存在する冷静な私が「言ってはならない」と言うのだ。「長く一緒に居たいなら、言ってはならない」と。
 はあ、と重い息をつく。人を好きでいることは、楽しい。と思うようになった。あいつと会えた日は無条件で良い日であるように感じたし、嫌なことやモヤモヤと沈殿していたものの重さが変わる。頭の中の重苦しい色をした回路が正常に戻る。その瞬間、私は「ああ、楽だ」と思う。いろんなものから解放されて、あいつのことだけを考える。昔誰かが言っていた「恋は盲目」は、正しい意味を知らない私にとってそういうものだ。
 良いことなのか悪いことなのかはよくわからない。親友は良いことだと言う。苦しいことも嫌な事もたくさんあることを私よりよくわかっていながら。
 私が恋愛に関して夢も希望もないのは今に始まったことではない。昔からだ。どうせ叶わないと思うことには慣れていた。“けれど”か、それとも“だから”か。私が「あいつを本気で好きだ」と打ち明けたとき、親友は随分喜んでくれた。
 私はいつでも自信がなくて、恋にも他の人間関係にも消極的だ。自分が人に好かれる性格だとも、人目を引く容姿だとも思えない。時折冗談のように笑って褒めてくれる友人の言葉を素直に受け取れなかった。お世辞だとどこかで思ってしまうのは、何も彼女等が悪いというわけではないのだ。
 根本的に、恋愛事に向いていないと思う。自分で言うのも何だが、面倒くさい性格だ。冷めているわりに時々どうしようもなく寂しくなったりする。けれど気を使う方だからメールすら送れない。受け身なのだと、結論はいつだってそこだった。
 勢いがなければ何も伝えられやしない。
 今年のバレンタインは頑張ろうか。そんなことを思ったのもつかの間だったな、と思う。登校日ではないバレンタインにわざわざ学校に集まるはずはなかった。いや、集まる子もいるのかもしれないが、あいつはそういうタイプではなかった。勿論、私も。呼び出すほどの勇気も湧き上がりそうにない。それに、彼の入試が終わっているかどうかもわからないのだ。
 思えば私達はそれほど親しいというわけでもなかった。ただ、中学から学校が一緒なだけ。クラスが同じになることなんて、高校に入ってから一度もない。行き帰りに偶然会って「おはよう」「お疲れ」を言うだけの仲だ。用事がなければ雑談すらほとんどない。けれど。

(次会えるのは、卒業式の予行と当日……――)

 熱しやすく冷めやすく、恋愛をするなんて思いもしなかった私が、卒業までの数週間、会わずにいても冷めないと思える程度の気持ちを持っている。人を好きになった少女らの顔を見て、他人事だと思っていた頃の私はもういない。

(あーあ、すっかり乙女みたいに……)

 呆れるように息をついた。何ともまあ、自分の事すら思い通りに行かないものだな、と心の底からしみじみ思う。



『結局告白はしないの?』

 親友からのメールを貰った式前日、告白する夢を見た。起きて、何だ今のはと思ったのは数時間前だ。
 式の最中にグルグルと回る頭。立って座って立って座って、司会者の言葉に反射的に、かつ無意識に反応しながら、私の頭はまったく別のところで働く。

(告白を、するかしないか)

 望みがあるかないかではなく。
 式が終わってすぐにメールで呼び出せば、間に合うだろうか。あまり手間を取らせたくはなかった。好きな人からの告白ならまだしも、そうでない者からのそれのために時間を割かせるのは申し訳なくて。

(伝えるとして、何を言う?)

 好きだと言うだけで事足りるだろうか。私の中の比重は結構な重みだ。多分、それだけでは足りない。けれどごちゃごちゃ言うのは好きではないのだ。気持ちを一から十まで説明するなんてこと、誰もできるはずがない。出来たとして、それを聞かされる側は何を楽しめばいいのか。何か良い言葉はあるだろうかと考える。しっかり私の気持ちを伝えられる、適当な言葉は。しかし冷静になって考えてみれば、伝える瞬間の頭は、流石に冷静ではいられないだろうと気が付いた。それならば簡潔な方がいい。考えて、結局“好き”に行き着いた。たった二文字しか浮かばないのが少々悔しいが、そのまんまの気持ちであることは確かだ。
 友人関係すらなくなることを、告白をするかしないか迷うときに必ず考えてしまう。そしてそれが何よりも嫌だと思ってしまう。卒業すれば会うことは少なくなるだろう。言うなら今日だ。今日ならば、失敗しても会って気まずくならずにいられる。時間を置けば普通に話だって、きっとできる。それは卒業式に告白することの利点だな、とチラリと思った。告白するとするならば、それこそ後は“勇気”だけである。

(悩む程度には勇気がある)

 端から一刀両断しない程度には。結局悩んだところで気持ち次第だ。勢いがなくては何も伝えられない人間だと、私が一番よく知っているではないか。
 カバンの中に入れてきたクッキーは我ながら良い出来だ。サクッとしていてサッパリした甘みを持つ。後は、あいつにメールを送って呼び出すだけだ。それができる勇気が、式が終わるまでに顔を出したなら。
 すっと深呼吸をした。

(今出てこない勇気なら、一生出てくるな)



 いつの間にやら、式は随分進行していた。考え事をしすぎて泣くタイミングを逃してしまったようで、両脇の女子はハンカチを片手に鼻を啜っている。鳴り響く退場の音楽。前のクラスが出て行くと、担任が出てきてさっと立ち上がる合図をした。大丈夫、大丈夫。胸の中で唱えながら、横の人と歩幅を合わせて歩く。
 あいつのクラスの横を通るとき、心臓が一瞬ドクッと脈打ったのに、どうしようもないなという気持ちになった。
 退場すると、私は急いでケータイを取り出した。アドレス帳からあいつの名前を選んで文字を入力する。

『解散後、時間ください』

 いつもよりも震える手。この文面をこのタイミングで異性からもらったら、何の用事かすぐにわかるだろう。バレンタインよりわかりやすい。悩むのではなく、送るための勢いの波を待っていた。震える親指に叱咤する。

(メールを打ち込む程度には勇気が出たんだろ!)

 勢いづいた親指は、いとも簡単に送信ボタンを押し切った。送った。ついに送ったよ、と思う。踏ん切りがついたのか引き返せないと思ったのか、今度は逆に落ち着いた脳が、ついでに親友に報告でもしておけと言ったから、私はそれに従ってもう一度新規メールを打ち込んだ。思えば、親友のあの一言のメールがなければ告白すること事態考えなかったかもしれないのだ。
 感謝すべきかその逆か。私は多分、どんな結果でも前者なのだろう。やらぬ後悔よりやる後悔、と誰かが言っていたではないか。何より去年のバレンタインで、私はそれを痛感している。私の性格上、やらなければやらないで長い間引きずるのだ。駅であいつを見かけたりして、またときめいたりするのだ。やらなければ、結果が出なければ、私は次には進めない。
 涙ながらに話す担任の最後の言葉を右から左へ。ごめん先生、今それどころじゃないんだと、卒業式の気分にすら浸れなかった決戦前の私は思う。
 握り締めたケータイが小さく震えた。メール受信を告げる画面にあいつの名前が浮かび上がる。パッと開いた画面には『了解』の素っ気無い文字があった。うん、あいつらしい。あいつらしすぎて、どんなことを思っているのか一切検討も付かない。いつも飾り気のないメールを送るやつだ。そのくらいは知っている。
 思わずありがとうと返事を送りそうになって、やめた。ありがとうは聞いてもらった後でいい。最後まで聞いてもらって、返事をもらった後でいい。
 望みなど持っていなかった。いつものことだ。もう慣れている。けれど、激しく動悸する心臓が何となく清々しいのはきっと、欠片でも何でも、一つ一歩目を踏み出せたからだ。退却であれ前進であれ、私はそれを快く迎えよう。
 一年過ごしたクラスにあっさりと別れを告げて、私はあいつの元へ向った。
 大遅刻したお菓子と共に、当って砕けてみせようじゃないか。
(2013/04/14)